インプラントの基本構造
インプラントの基本構造は下記からなります。図と一緒にご確認ください。
上部構造:人工歯(Crown)
連結部:アバットメント(Abutment)
人工歯根:インプラント(Screw)
インプラントの素材はチタンでネジのような溝があります。連結部は歯の土台にあたる部分になります。上部構造はいわゆる歯に相当する部位です。素材はセラッミクスや金属など通常歯に被せ物をする材料と同様になります。
インプラントの歴史
インプラント治療は100年くらい前から行われていたとされています。術式は様々あり骨内インプラント、骨膜下インプラント、歯内骨内インプラントや粘膜下インプラントなどです。しかし材料や術式等に問題があり、良い治療成績は残せていませんでした。
現在のインプラント治療は1960年代にブローネンマルク博士が研究中にチタンと骨が結合することを発見し、この骨結合(オッセオインテグレーション)を人工歯根に応用したことが歯科インプラントのはじまりです。
◆技術の進歩
現在、様々な分野で先進的な技術が開発され、我々の生活は日に日に便利になってきておりますが、現在の形になった歯科インプラントも同様で基礎技術が確立されてから50年以上が経過し、周辺分野も含めて技術が進歩してきております。
診断技術の向上
インプラントは骨に埋め込みますので、骨の幅や量の診断が不可欠です。
これは家を建てる際の地盤調査と似ています。しっかりとした地盤がなければ、家は建てられません。地盤に問題があれば地盤改良工事を行うこともあります。
インプラントの場合はCT検査を行います。CTは皆さんもご存知かと思います、レントゲン写真の輪切り画像です。最近は機械の進歩により3次元画像を構築して、より精細な画像検査を行うことができます。
また最近では術式のシュミレーションソフトを使用して、埋め込みの精度を向上させることができます。今までは歯科医師の経験や技量によって埋め込み手術を行ってきましたが、シミュレーションソフトを利用することにより歯科医師の経験等に左右されないデータによるインプラント手術が行われるようになってきています。
材料や技工の技術の向上
インプラント部品は様々なメーカーから販売されておりざっと数えるだけでも30以上のメーカーから販売されています。車の国内大手メーカーでも数社ですのでそれに比べるとメーカー選びも一苦労するということとなりますが、これだけ多くのメーカーがあっても、術式はほぼ同じなのです。それが治療の成功率の上昇に繋がっているようです。
材料のインプラント体のオッセオインテグレーションの向上のために表面処理技術の研究が盛んに行われており、様々な表面処理をおこなうことにより治療期間の短縮や長期間の良好な治療経過につながることが増えているようです。
また上部構造を製作する際に、口腔内との相違を極力少なくするためにデジタル技術が取り入れられてきており、光学印象技術や3Dプリンター等を駆使して制作されます。
様々な技術進歩により今までは見た目に関わる部分審美領域でのインプラントはかなり高度な治療とされていましたが、審美領域でもインプラント治療が普及してきています。
治療方法の確立
以前は術前診断で骨量が不足している場合は、手術不可となることも多かったのですが、今では骨の増量手術や人工材料による骨の補填する技術が開発され、以前よりも手術の適応範囲が拡大しています。
◆インプラントの今後の動向
新聞紙面、報道等によりインプラントについての注意喚起により近年インプラント生産量が減少してきています。
しかし、政府の統計等では少子高齢社会が進むため、今後はインプラント治療がますます広がっていくと予想されています。
インプラントにすべきかどうか?
不幸にも歯を失ってしまった場合、治療の選択肢は3つしかありません。
・インプラント
・ブリッジ
・入れ歯
以上の3つです。
歯を失うというショックな事実に直面している状態で、すぐに正しい治療方法の判断・選択をするのは難しいと思います。
どの治療を選択すべきか、いくつか判断材料を示したいと思います。
◆経験者の満足度調査
インプラント経験者へのインターネットアンケート調査データがございますので、これをご紹介します(以下、独立行政法人国民生活センター『あなたの歯科インプラントは大丈夫ですか』(http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20190314_1.pdf)より抜粋)。
インプラント治療経験者
インプラント手術経験のある患者さんの約45%が満足と回答しています。どちらかというと満足は約40%です。合計すると85%になります。
インプラントについてはさらに詳しく不満な点をあげたデータもあげられておりますので、見てみましょう。
「治療費が高額」という回答がもっとも多く37%となっています。「不満に思う点はない」という回答が41.2%にとどまっていることを考えると、一定以上は満足しているものの何らかの不満は持っているということでしょうか。詳しくは元データを参照していただければと思います。
ブリッジ治療、入れ歯治療経験者
ブリッジ治療経験者の約18%が満足、どちらかというと満足は約41%です。合計すると59%。
不満な点で多かったのは違和感がある、外れてしまった、支える歯が虫歯や歯周病になったが、それぞれ約11%でした(合計33%)。
入れ歯治療経験者はどうでしょう? 満足と回答しているのは約14%、どちらかというと満足は約30%です。合計すると44%。
不満な点で多かったのは違和感がある点で約33%です。
これはインターネットアンケート調査の結果であり、人の主観的判断によるものではありますが、このような傾向にあることは歯を失った際の治療選択の一つの指標になると思います。
◆症状との親和性(適応症かどうか)
インプラントについて現在良好な術後経過を得られる方法について簡単に説明したいと思います。
まず適応症であるかどうかの判断をされているかどうかを確かめた方が良いでしょう。ガンの治療でも様々な治療方法がありますが、適応症でないと治療できないことがあります。インプラントも同じです。誰にでもできるわけではありません。この判断がインプラントの良好な治療経過(10年で90%のインプラントが残存すること)を左右するでしょう。
まず歯を抜いたところがインプラントに適しているかどうかです。抜歯に至る原因もインプラント治療の成功を左右します。
具体的には骨の厚みと幅が減少していないかです。骨がないと増やす処置をした上での処置が必要です。また重度歯周病が原因で抜歯となると骨がかなり減少しているのでインプラントの治療が困難になります。さらに抜けた歯の隣の歯や噛み合う反対の歯の状態も良好な治療経過に多大な影響を与えます。
次に体に病気があるかないかです。病気の種類によりインプラント治療の成功を妨げるリスクがあります。
具体的に治療に対するリスクの高い病気は糖尿病、骨粗鬆症、貧血、高血圧です。また治療で服薬中の方、特に骨粗鬆賞でビスフォスフォネート系薬剤服用中の方や、脳卒中や心臓疾患で血液サラサラの薬を飲んでいる方のインプラント治療はハイリスクまたは困難となります。
◆インプラント治療への理解と協力(患者さん自身のコミットメント)
最後に患者さん自身の治療への理解と協力が得られるかどうかです。治療には手術と期間と費用がかかります。また良好な治療経過を得るためには、守ってもらいたい注意事項もあります。
術後の腫れや痛みは避けることはできません。また術後の合併症の経過や治癒期間の経過を見て次のステップに移行する必要があります。概ね6ヶ月が多いようです。
費用については相場ではインプラントと上部構造(人工歯)を合わせて40万円くらいとなりますが、技術進歩や過当競争により相場も安くなる傾向にあります(それぞれ治療方法が違うため、高いから良いとか安いからダメということではありません)。
そして良好な治療経過のために重要なのは禁煙です。タバコに含まれるニコチンが血管を収縮させ、傷の治りを遅らせるためインプラントの治療経過に悪影響を及ぼします。
インプラント治療を成功させるためには自身の覚悟も必要なのです。
◆インプラント周囲炎について
インプラント歯周炎は、インプラント治療を選択する上でぜひ知っておいて欲しいリスクの一つです。
歯周病は成人の約80%がなっている病気です。しかし、自覚症状に気づきにくく自分が歯周病ということを知らない方が多いです。また基本的に治療は原因の汚れを除去するというもので、一度悪くなると元の状態に戻ることはありません。
ではインプラントはどうでしょうか?インプラントと自然歯には決定的違いがあります。それはインプラントには歯根膜という組織がありません。歯根膜は歯根の周りについていて免疫、靭帯の役割をしています。インプラントは自然歯より免疫の働きが少なく、インプラント周囲炎という歯周病と似たような病気になる可能性が高いのです。一度なってしまうと自然歯よりも事態は深刻です。
まず人工歯根にはネジのような溝があるため汚れがとてもたまりやすい形をしています。そしてその汚れを取り除く方法が非常に困難なのです。材質が金属のため通常の汚れ除去装置では金属表面に傷を作ってしまうので、プラスチックなどの傷をつけない器具を使用する必要があります。歯石をプラスチックの器具で除去するのはとても困難です。
現在でもこの問題の良好な解決策は開発されていません。よって少しでも悪くならないような定期的なケアが不可欠です。
一度悪くなってしまった場合ですが、歯ならグラグラしてくるので最終的には抜歯をして痛みや不快症状を取り除くことができます。しかし、インプラントは先端までしっかりとくっついているためグラグラしませんし、痛くても簡単に除去できないので埋め込んだ時と同じ、もしくは多くの骨を削り取り除く必要が出て来ます。取り除いた後の治療ですが埋める前よりも状況は悪くなっていますので治療の選択肢がなくなり、その治療の成功率も低いものとなるでしょう。
インプラント周囲炎にならなければ良いのですが、治療後になる可能性がある疾患に対して良好な治療方法が確立していないのはインプラントの最大の懸念事項です。
インプラント治療をする歯科医師は、このことをしっかりと理解している必要があります。今後技術の進歩によりインプラント周囲炎の治療方法が確立することが我々の業界のにとって、急務の課題です。
インプラント治療をお願いする歯科医師の判断基準
不幸にも自身の歯を失うことになった場合、その喪失感もあいまってインプラント治療に対する希望や期待感で一杯になると思います。ただでさえ難しいインプラントの話を聞くと判断が鈍くなってしまい安易に治療を受けてしまう傾向にあるようです。最近では国民生活センターでもインプラント治療に注意喚起を促しております。
インプラントは意図的に健康な骨に埋め込まれる治療なので、必要な医学的知識と通常の歯科治療の経験を経た上で、且つインプラントの知識と技術を習得している歯科医師かどうかを判断しないといけません。
◆具体的な判断ポイント
術前の手術によるリスクや合併症、不具合等の説明をされた上で、できれば書面でも同じ内容をもらえるといいでしょう。下記のポイントについても説明があると尚いいでしょう。
・定期検診が欠かせないこと
・インプラントの平均寿命
・撤去することになる可能性
また下記について質問があるといいでしょう。これらはハイリスク事項なので必須項目と言えます。
・術前のCT検査
・今の健康状態や服薬状態
・過去の病気、疾患
そして治療方法の説明です。患者さんも具体的なことを説明されてもよくわからないと思いますので、要点をしっかりと説明してもらえるかどうかがポイントです。
下記についての説明は最低限聞いて理解しておく必要があるでしょう。
・手術は2回あること
・手術後の痛みや不具合等についての説明
・歯が入るまでの期間等
少しでも治療に対して不安等や疑問があれば担当医に聞くことが良いと思います。聞きづらい時はセカンドオピニオンで他の医院を受診するのも必要なことではないかと思います。
◆インプラントを受けた歯科医院が閉院、転院してしまった場合は?
インプラントは定期的なメンテンナスが必要です。また人工歯の部分がかけたり壊れたりすることも想定されます。しかしさまざまな要因で治療した医院でメンテナンスが受けられない事態が想定されます。
その場合は治療を受けた際にインプラント体の製造番号の情報提供を受けておくことが必要です。メーカーによって治療器具が違うためメインテナンスや再治療が行えない事態が多々あるようです。
術前の説明の際に治療後に教えて欲しい旨を伝えると担当医とも治療がスムーズに行えるでしょう。
上記を参考にしっかりと診査診断をし、術前に信頼関係を構築できる医師にインプラント治療をお願いすると良好な治療経過を得ることができると思います。